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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1610号 判決 1998年7月22日

亡岨幸二訴訟承継人

控訴人

岨清二

右訴訟代理人弁護士

竹下政行

上原康夫

被控訴人

株式会社駸々堂

右代表者代表取締役

大渕馨

右訴訟代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

爲近百合俊

種村泰一

勝井良光

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金七九四万三一九六円及び内金七六七万三一九三円に対する平成八年四月二三日から、内金二一万八九二一円に対する同月二六日から、内金五万一〇八二円に対する同年五月二六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人に対し、金二三八万六九七七円及びこれに対する平成八年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人の被控訴人に対するその余の主位的請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを六分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

六  この判決は第二、第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  (主位的請求)

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、金八九七万五七六一円及びこれに対する平成八年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金二九八万二五八五円及びこれに対する平成八年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (予備的請求)

被控訴人は、控訴人に対し、平成四年一二月一日から平成八年四月二二日まで、毎月二五日限り、一か月九万九三四一円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  次のとおり加除、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」(同五頁七行目(本誌六九七号<以下同じ>44頁3段25行目)から同四〇頁二行目(49頁3段23行目)まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、原判決に「原告」とあるのを、個別に訂正したものを除き、「幸二」と読み替える。

二1  同五頁九行目(44頁3段29行目)の「締結したとして、」の次に「新契約の」を、同六頁二行目(44頁4段4行目)の「解雇に当たり、」の次に「右解雇は」をそれぞれ加え、同行の「不当労働行為にあって」を「不当労働行為により、」と改め、同四行目(44頁4段8行目)から五行目(44頁4段11行目)にかけての「未払賃金」の次に「(給与及び一時金)」を加え、同六行目(44頁4段12行目)の「場合には、」を「としても、」と、同行の「右意思表示が」を「右意思表示は」とそれぞれ改め、同八行目(44頁4段18行目)の「未払賃金」の次に「(給与)」を加え、同行の「支払を求める」から同九行目末尾(44頁4段19行目)までを「支払を求めていた(予備的請求)ところ、幸二が平成八年四月二二日に死亡したことから、控訴人が幸二を訴訟承継し、訴えを変更して、主位的に、旧契約に基づき、幸二の平成四年一二月分から平成八年四月分までの未払賃金(給与及び一時金)の支払を求め、予備的に、新契約に基づき、平成四年一二月一日から平成八年四月二二日までの未払賃金(給与)の支払を求める事案である(なお、旧契約ないし新契約に基づく各労働契約上の地位確認請求は、当審において取り下げられた)。」と改める。

2  同七頁九行目(45頁1段5行目)の「(合併の経緯は、」から同末行(45頁1段7行目)の「認める。)」までを削り、同八頁初行(45頁1段8行目)の「被告の従業員」を「被控訴人に勤務する定時社員」と、同行の「駸々堂書店労働組合(以下「書店労組」という。)」を「駸々堂書店労働者組合」と、同二行目(45頁1段10行目)の「書店労組」を「右駸々堂書店労働者組合」とそれぞれ改める。

3  同九頁六行目(45頁1段30行目)の「アルバイトのみなさんへ」を「アルバイト・パートのみなさんへ」と、同行から七行目(45頁1段30行目)にかけての「アルバイト、パート」を「アルバイト・パート」とそれぞれ改め、同七行目(45頁2段1行目)の「題する書面」の次に「及び」を、同行の「記載された書面」の次に「が入った封筒」をそれぞれ加え、同九行目(45頁2段4行目)の「その際、原告は」を「その後、幸二が」と改め、同一〇頁初行(45頁2段8行目)の「本件契約書の」の次に「空欄をそのままにし、」を加え、同行の「署名押印」から同三行目(45頁2段9行目)の「締結した。」までを「署名押印のみして提出した。」と改める。

4  同一〇頁四行目(45頁2段12行目)の「本件契約書の作成による新社員契約の締結により、」を「幸二の署名押印のある右契約書が提出されたことにより、」と、同六行目(45頁2段17行目)の「という。」を「ともいう。」とそれぞれ改め、同七行目(45頁2段18行目)の「実施した」の次に「(被控訴人が変更されたとする、右契約書に基づく労働契約を、以下「新社員契約」という。)」を加える。

5  同一一頁二行目(45頁2段27行目)の「新社員契約締結後、」を削り、同五行目(45頁3段2行目)の「三万九四二二円」を「三万九四二〇円」と改める。

6  同一三頁七行目(45頁4段8行目)の「労働契約が」を「労働契約を」と改める。

7  同一三頁八行目(45頁4段13行目)の次に改行の上、以下のとおり加える。

「10 幸二は平成八年四月二二日死亡し、控訴人が幸二を相続して訴訟を承継した。」

8  同一四頁六行目(45頁4段26行目)の「賞与支給は、」を「定時社員に対する賞与支給は確固たる労働慣行になっており、」と改める。

9  同一四頁九行目(45頁4段30行目)の「以下のとおりであり、」から同末行末尾(46頁1段1行目)までを「以下のとおりである。」と、同一五頁三行目(46頁1段7行目)の「二二万二〇一二円」を「二二万五〇一二円」とそれぞれ改め、同四行目(46頁1段9行目)の「である」の次に「(なお、右平均賃金額は、平成四年九月から同年一一月までの三か月分の平均賃金額である。控訴人は右平均賃金額は過去五か月分の平均賃金額であるとしているが、誤記と認められる。)」を加え、同五行目(46頁1段10行目)から同七行目(46頁1段15行目)までを削り、同八行目(46頁1段16行目)の「(三)」を「(二)」と、同行の「平成六年一月一日」を「平成四年一二月一日」と、同末行(46頁1段19行目)の「(四)」を「(三)」とそれぞれ改め、同行の「右の期間、」を削り、同一六頁六行目(46頁2段1行目)の「原告は」を「控訴人は」と、同行(46頁2段2行目)の「前記の」を「平成四年一二月一日から平成八年四月二二日(幸二の死亡日)までの」とそれぞれ改め、同七行目(46頁2段3行目)の次に改行の上、以下のとおり加える。

「(四) 幸二は、本件旧契約が存続していたならば、次のとおり一時金(賞与)の支給を受けることができた。

平成五年夏期 三六万六三四八円

平成五年冬期 四三万四四四八円

平成六年夏期 四三万五三五五円

平成六年冬期 四七万三五三六円

平成七年夏期 四六万三四四五円

平成七年冬期 四九万四六六六円

平成八年夏期 三一万四七八七円

(ただし、右平成八年夏期は、通常の支給率に在籍期間比率である六分の四を乗じた額である。)

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、右一時金相当額の総額二九八万二五八五円の支払請求をすることができる。」

10  同一七頁五行目(46頁2段17行目)の「地位を失うという要素の錯誤」を「地位を失うことになるから、被控訴人で働き続けるためには、新社員契約の締結に応じるほかないと誤信した、契約の重要な要素についての錯誤」と、同六行目(46頁2段19行目)の「被告の小林店長も、」から同八行目(46頁2段22行目)の「としても、」までを「仮に、右錯誤が「動機の錯誤」に当たるとしても、右動機が表示され、契約内容になっているか、それと同視すべきものであるから、」とそれぞれ改め、同八行目(46頁2段23行目)の「要素の」を削る。

11  同一八頁三行目(46頁3段2行目)の「しかし、」の次に「新規則は、労働条件の変更に同意しなかった者については、適用されておらず、本件を「就業規則の不利益変更」の事例と同列に論じることはできないし、また、被控訴人が経営上、就業規則を新規則に変更しなければならない必要性はなく、その変更内容の合理性もないことに加え、」を加え、同四行目(46頁3段3行目)の「周知されていなかった上、」を「周知されておらず、」と、同五行目(46頁3段5行目)の「を欠くので、」を「も欠くので、」とそれぞれ改める。

12  同一八頁六行目(46頁3段9行目)の「書店労組」を「駸々堂書店労働組合(被控訴人に勤務する正社員で組織する労働組合、以下「書店労組」という。)」と、同八行目(46頁3段13行目)の「昭和六一年」を「昭和五一年」と、同九行目(46頁3段14行目)の「同六三年四月一三日」を「同五三年四月一七日」と、同一九頁初行(46頁3段18行目)の「平成三年」を「昭和五六年」とそれぞれ改め、同四行目(46頁3段22行目)の「原告の」の前に「幸二が本件契約書を提出した当時、」を、同八行目(46頁3段31行目)の「原告にも」の次に「拡張」をそれぞれ加え、同末行(46頁4段1行目)から同二〇頁二行目(46頁4段5行目)までを削る。

13  同二一頁初行(46頁4段21行目)から同五行目(46頁4段29行目)までを次のとおり改める。

「(三) 被控訴人と書店労組との間で締結されている労働協約によれば、私傷病の欠勤期間について勤続一年以上の者は五か月とされているところ、前記のとおり、幸二は労働組合法一七条にいう「同種の労働者」に当たるというべきであり、定時社員の組合である駸々堂書店労働者組合と被控訴人との間で締結された労働協約に、私傷病補償の条項が存在したことに照らしても、右書店労組との間の労働協約が拡張適用されるべきであって、私傷病補償期間内の欠勤を理由とする本件解雇は無効である。」

同六行目(46頁4段30行目)の「(三)」を「(四)」と改める。

14  同二二頁九行目(47頁1段22行目)の「全く、質問せず、」を「正確に把握するよう努めることなく、」と、同末行(47頁1段24行目)の「説明せず、」を「説明もせず、」とそれぞれ改める。

15  同二五頁初行(47頁3段2行目)の「締結のための」を「締結に向けての」と改め、同二行目(47頁3段4行目)の「両労働組合」の前に「右」を、同三行目(47頁3段7行目)の「他の労働組合と」の次に「それらを」をそれぞれ加える。

16  同二五頁九行目(47頁3段16行目)の「原告は」を「控訴人は」と、同行の「原告が被告に対し、」から同二六頁五行目末尾(47頁3段28行目)までを「平成四年一二月分から平成八年四月分までの(幸二死亡までの四一か月分の)未払給与合計金八九七万五七六一円及び平成五年夏期から平成八年夏期までの未払一時金(賞与)相当額合計金二九八万二五八五円並びにこれらに対する幸二死亡の日(労働契約終了の日)の翌日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

17  同二八頁初行(47頁4段22行目)の「解すべきであり、右解雇が、解雇事由がなく」を「解すべきところ、幸二は、平成五年一二月初旬には退院して自宅療養となる見込みとなり、同六年一月には従前の職務に復帰して就労することが可能な状態になったのであるから、右解雇には、新規則に定める「虚弱、疾病のため業務に耐えられない」との解雇事由はなく、また、」と改める。

18  同二八頁九行目(48頁1段6行目)の「原告は、」を「控訴人は、」と、同行(48頁1段7行目)の「第一の二1記載」から同二九頁二行目末尾(48頁1段13行目)までを「平成四年一二月一日から平成八年四月二二日(幸二の死亡日)まで、毎月二五日限り、一か月九万九三四一円の割合による給与金の支払を求める。」とそれぞれ改める。

19  同三一頁七行目(48頁2段25行目)の「原告は、」から同八行目末尾(48頁2段27行目)までを「その動機は明示されたものではないから、新社員契約が無効となるものではない。」と、同末行(48頁2段30行目)の「限り、」を「から、」と、同行(48頁2段31行目)から同三二頁初行(48頁3段1行目)にかけての「制定したが、」を「制定し、これを適用しているところ、」とそれぞれ改め、同三五頁五行目(49頁1段4行目)から同七行目(49頁1段8行目)までを削る。

20  同三六頁二行目(49頁1段17行目)の次に改行の上、「なお、本件旧契約が存続していたものとすれば、一時金の算定が、平成五年夏期から平成七年冬期までのものについて、控訴人主張のとおりとなることは認める。ただし、平成八年夏期の一時金については、賞与計算期間の最終日に幸二は既に死亡しており、在籍していないから、そもそも一時金の支給対象にはならない。」を、同四行目(49頁1段20行目)の「算定すべきであり、」の次に「また、」を、同五行目(49頁1段22行目)の「一一月末まで」の次に「(契約期間終了の日まで)」をそれぞれ加える。

21  同三七頁三行目(49頁2段6行目)の「満了した場合」を「満了したとき」と、同四行目(49頁2段8行目)の「欠勤の際」を「欠勤のとき」とそれぞれ改め、同九行目(49頁2段17行目)の「解雇事由がないとしても、」の次に「右旧規則所定の解雇事由は、その文言からして懲戒解雇に関する定めであることは明らかであり、」を、同三八頁四行目(49頁2段27行目)の次に改行の上、「(三) 私傷病補償は、駸々堂書店労働者組合と被控訴人との間の労働協定に基づく取扱いであり、駸々堂書店労働者組合は平成二年一二月末日をもって解散したから、右組合の消滅後には、右協定に基づく取扱いはされていないものである。」をそれぞれ加え、同五行目(49頁2段28行目)の「(三)」を「(四)」と改める。

22  同三九頁八行目(49頁3段17行目)の「10」を「10」と改める。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の被控訴人に対する主位的請求は本判決主文第二、第三項掲記の限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであると判断する。その理由は以下に説示のとおりである。

二  主位的請求について

1  主たる争点1(新社員契約の約定内容と労働条件に関する合意成立の有無)及び同2(新社員契約締結の際の要素の錯誤の有無)について

(一) 幸二が本件契約書に署名押印するに至った経過については、次のとおり加除、訂正するほか、原判決四〇頁末行(49頁4段1行目)から同四九頁八行目(51頁1段3行目)までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(1) 同四〇頁末行(49頁4段2行目)の「<証拠略>」を「<証拠略>」と、同行の「<証拠略>」を「<証拠略>」とそれぞれ改める。

(2) 同四一頁八行目(49頁4段14行目)の「賞与は支給しない、」及び同末行(49頁4段16行目)の「<証拠略>」をそれぞれ削り、同末行(49頁4段18行目)の次に改行の上、以下のとおり加える。

「 なお、定時社員には、一日六時間以上勤務で、かつ一週間に五日常勤務のアルバイトと、一日六時間未満の勤務のパートとがあり、定時社員を対象に適用されていた旧規則(<証拠略>)には、賞与を支給しない旨の定めがあったものの、右当時、アルバイトについては賞与の支給があり、アルバイトであった幸二は賞与の支給も受けていた(<証拠略>)。」

(3) 同四三頁初行(50頁1段6行目)の「しかし、」の次に「アルバイトである」を加える。

(4) 同四三頁九行目(50頁1段21行目)の「人件費の圧縮を求められ、被告もこれを承諾した結果、」を「被控訴人を含む駸々堂グループに対して、オーナー経営者の退陣、土地処分による借入金債務の圧縮、不採算店舗の整理、余剰人員の整理等の示唆がされた。しかし、右時点での土地の売却は困難であり、他方、不採算店舗の整理や人員整理は解雇の問題につながるため、被控訴人としては、希望退職の募集、整理解雇という方法は避けて、人件費の削減を図ることにし、右の示唆に対しては、不採算店舗の閉鎖のみに応じることで、銀行の了解を得(<証拠略>)、」と、同四四頁初行(50頁1段24行目)の「と合併した。」を「を吸収合併するとともに、大渕甲子郎が代表取締役から退き、他に取締役から退く者もあった(<証拠略>)。」とそれぞれ改める。

(5) 同四四頁三行目(50頁1段28行目)の「を超えており、」を「近くに達しており(<証拠略>)、」と改め、同六行目(50頁2段2行目)の「定時社員を含む従業員の雇用を確保するため、」を削り、同四五頁初行(50頁2段12行目)の「決定して、実施し、」を「決定して、これを実施することとし、」と、同三行目(50頁2段15行目)の「定時社員の労働条件についても、」を「定時社員については、労働組合未加入の者に関し、」と、同九行目(50頁2段27行目)の「7の」を「(原判決を訂正の上引用した)後記(8)の」と、同末行(50頁2段27行目)の「を決定し、」を「とすることとし、」と、同四六頁初行(50頁2段29行目)の「制定」を「制定することと」とそれぞれ改め、同行の次に改行の上、次のとおり加える。

「 なお、平成四年一一月五日、被控訴人が書店労組との間で右交渉を行った際、席上、被控訴人の担当者が、一二月一日以降の労働条件に関し、組合員については組合と交渉してつめていきたい、アルバイト、パートにつき非組合員については、店長会議で説明を行った後、すぐに、店長を通じて各人との個別折衝に入りたいと、被控訴人の意向を述べたのに対し、書店労組の執行委員は「店長からの説明はキッチリしてほしい」と述べ、これに対して、被控訴人の副社長が「それは間違いなく店長会議で徹底させる。」と応答した(<証拠略>)。」

(6) さらに改行の上、次のとおり加える。

「(5) 同年八月、被控訴人は、各店長に対し、店長会議の席上、被控訴人は京都駸々堂と合併して合理化をしていく必要があり、会社自体、合理化のため根本的な変革を図る必要がある旨説明し(<証拠略>)、同年一〇月二三日には、臨時の店長会議を開催して、各店長に対し、経費節減の一環として、定時社員の労働条件について改定を行う必要があるとし、その席上、(証拠略)と同様の文書を案文として配布して、後日、正式文書となったものを定時社員に渡し、説明するよう求めた。しかし、右同日の店長会議では、その他の人件費削減について話はなく(<証拠略>)、店長からは、定時社員について健康保険がなくなることにつき、確認の質問があった程度で、さしたる質問もなかった。そして、同年一一月一〇日ころ、被控訴人は、再度、店長会議を開催して、右文書が正式文書となったので、これを封筒に入れ、定時社員一人一人に渡して説明し、同月二五日までにできれば結果を取りまとめてほしい、定時社員に右の話をする時期については追って連絡すると指示をした。

被控訴人は、右のいずれの店長会議においても、各店長に対し、管理職や役員の給与、賞与のカットについて決定がなされたとの説明はしておらず、また、定時社員に対して労働条件の改定が必要なことについてどのように説明するかについて、何ら指示をしたこともなく、単に、特に問題があったり、不明な点があれば、本部に問い合わせるようにと指示したにすぎない(<証拠略>)。そしてまた、被控訴人としては、定時社員の中に、労働条件の右改定を承諾せず、本件旧契約の労働条件で働くことを要求してくる者が出ることは全く念頭に置いていなかった(<証拠略>)から、定時社員が労働条件の改定を承諾せずに、本件旧契約の労働条件のまま働くことも可能であることについては、店長にも説明していない。」

(7) 同四六頁二行目(50頁2段30行目)の「(5)」を「(6)」と、同行の「被告のこのような方針に基づき、」を「同店に来た大河内部長から、定時社員に対して右の話をするように指示を受け、」と「同四行目(50頁3段3行目)の「するに至った経緯」を「することになる経緯」とそれぞれ改め、同行の「アルバイト」の次に「・パート」を、同六行目(50頁3段5行目)の「(<証拠略>)」の次に「及び」をそれぞれ加え、同行の「新社員契約」から同七行目(50頁3段9行目)の「支払われる」までを削り、同八行目(50頁3段11行目)の「(<証拠略>)を」の次に「封筒に入れて」を加える。

(8) 同四七頁二行目(50頁3段18行目)の「(6)」を「(7)」と改め、同四行目(50頁3段22行目)の「示しながら」の次に「、健康保険は無くなる旨」を加え、同五行目(50頁3段25行目)の「今後」を「今度」と改める。

(9) 同四八頁初行(50頁4段3行目)の「(7)」を「(8)」と改め、同六行目(50頁4段6行目)の「本件契約書の」の次に「空欄をそのままにし、」を加え、同七行目(50頁4段14行目)の「右契約書に基づく」から同八行目(50頁4段16行目)の「更改した。」までを「小林店長は、右空欄に(証拠略)の内容に従って、雇用期間等の記載をした。」と、同行の「原、被告は、右新社員契約において、」を「本件契約書及び(証拠略)の内容によれば、幸二と被控訴人とは、」と、同四九頁七行目(51頁1段1行目)の「る、」から同八行目(51頁1段3行目)の「した。」までを「る旨の、被控訴人主張の新社員契約にかかる合意をしたということになる。」とそれぞれ改める。

(二) 控訴人は、幸二が本件契約書に署名した際、本件契約書には具体的な労働条件の記載がなかったのであるから、新社員契約が締結されたとしても、具体的な労働条件について合意があったとはいえないと主張する(主たる争点1)ところ、確かに、前記認定のとおり、幸二は、本件契約書の空欄をそのままにして、これに署名し、右空欄の労働条件にかかる部分は、小林店長が書き加えたものであるが、右合意の成立が否定できないことは、原判決説示(同五〇頁四行目(51頁1段13行目)の「原告自身、」から同五一頁六行目末尾(51頁2段4行目)まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五〇頁六行目(51頁1段17行目)の「認める」を「認めている」と、同九行目(51頁1段23行目)の「(一)(7)」を「前記(原判決を訂正の上引用した)(一)(8)」と、同五一頁初行(51頁1段27行目)の「(証拠略)」を「(証拠略)」と、同五一頁四行目(51頁2段1行目)の「(1)の」から同六行目末尾(51頁2段4行目)までを「合意の成立がない旨の控訴人の主張は採用できない。」とそれぞれ改める。

(三) しかしながら、新社員契約締結の際、要素の錯誤があった旨の控訴人の主張(主たる争点2)は、前記認定の、幸二が本件契約書に署名押印するに至った経過に照らして、これを採用すべきものと判断する。以下詳述する。すなわち、

(1) 幸二が平成四年一一月一八日、小林店長から封筒に入れて手渡された「アルバイト・パートのみなさんへ」と題する書面(<証拠略>)には、「一二月一日に、あたらしく、株式会社駸々堂書店と株式会社京都駸々堂が合併して、株式会社駸々堂が誕生することになりました。今まで、わたしたちは、大阪と京都で、それぞれ別々の形で、仕事をしてきたわけですが、今回の統合にあたり、株式会社駸々堂の新しいルールで仕事をしていくことになります。」、「一二月二一日に、いままでご勤務いただいたことに対して、皆様に慰労金をお支払いさせていただきます。」、「一二月一日から新会社での新しいルールのもとで、ご勤務していただける方は、一一月二五日までに、会社までご連絡ください。」と記載され、また、「アルバイト・パートの新雇用契約」と題する書面(<証拠略>)には、前記のとおり、右表題の下に「新会社としての経営形態の変更に伴い、従来のアルバイト・パートの雇用契約に代わり、新しい定時社員雇用契約に変更します。」と記載され、さらにその下に新社員契約の内容をなす雇用期間、勤務時間、賃金等の具体的内容の記載がされていたもので、いずれの記載も、新会社への移行を所与の前提とし、新会社においては、定時社員にとって、新社員契約以外の契約関係が存在する余地がないような記載になっていたところ、小林店長は、封筒に入った右書面を渡すに際して、何らの説明もすることなく、ただ、一二月一日から新しい会社になるからとして、わからないことがあれば、質問してほしいと言ったにとどまること、本件旧契約から新社員契約になると、その給与は、時給の切り下げや勤務時間の低減等のため、総支給額(諸手当を含む。)が月額平均で二一万八九二一円であったもの(<証拠略>)が、九万九三四一円となり(右金額については当事者間に争いがない。)、年二回得ていた賞与もなくなり(右賞与は、幸二が本件旧契約を継続したとすると、平成五年夏期以降、一回分が三〇万円を超える額になったことは当事者間に争いがないから、慰労金六〇万円というのは、賞与の二回分にも満たない額となる。)、雇用期間も定めのないものから、六か月間となるなど、極めて不利な変更となるものであったが、幸二は、小林店長に対し、健康保険はどうなるのか、慰労金はいつまで勤めればもらえるのか、今度のボーナスはどうなるのかと質問したにとどまり、、これに対し、小林店長から、健康保険も無くなる旨説明を受けたにもかかわらず、同月二四日、本件契約書に署名押印して提出していること、他方、小林店長も、幸二が「あれ書いて渡します。」と答えたことを「続けますという返事が返ってきた」と表現し、定時社員が新社員契約の内容を受け入れることを「続けてくれる」と表現していること(<証拠略>)や、幸二の労働条件が低下することについて、「かわいそうだなと思うが、会社が生き残るためにはしょうがない。」と述べ(<証拠略>)、幸二が「あれ書いて渡します。」と発言したのを受けて「そうした方がいい。後のことはこれから考えたらいいんじゃないか。」と述べたことにかんがみると、幸二は、その本人尋問において供述するように、新社員契約に応じなければ、被控訴人との雇用関係を維持できず、退職せざるを得ないものと考えて、新社員契約を締結したものと認められ、小林店長もまた、幸二が右認識のもとに、新社員契約の締結に応じたと考えていたものと認められる。

そうすると、幸二の新社員契約締結にかかる意思表示は、その労働条件自体に錯誤はないものの、動機に錯誤があり、右動機は黙示的に表示され、被控訴人もこれを知っていたというべきであるから、契約の内容になったものということができ、そして、その錯誤は、新社員契約による労働条件が、右のとおり幸二にとって極めて不利な内容で、慰労金をもってしても到底その不利を補填できるようなものではないことに照らすと、右錯誤がなければ新社員契約に応じることはなかったと考えられるから、要素の錯誤に当たるということができる。

幸二は、小林店長から、新社員契約を締結しないと、被控訴人が幸二を解雇したり、本件旧契約に基づく雇用関係が消滅する旨の説明を受けたわけではないが、小林店長自身、新社員契約を締結せず、そのまま本件旧契約に基づく雇用関係を維持することができると考えていたとは認め難く、この点は、新社員契約を受け入れることを「続ける」と表現し、新社員契約を拒絶することは「辞める」ことにつながることを窺わせる表現をしていることなどに加え、前記のとおり、店長会議において、上司も、各店長に対し、合併が必至である旨の説明をしているだけで、新社員契約による労働条件の改定に応じることなく、本件旧契約の労働条件を維持することが可能であることの説明をしておらず、そもそも、上司自身、新社員契約に応じることなく、本件旧契約に基づく雇用関係の継続を求める者が出ることは念頭に置いていなかったことに照らしても、明らかということができる。

(2) なお、被控訴人は、幸二が小林店長に対し、どうして合併するのか、どうして労働条件が切り下げになるのか質問していないのは、会社が置かれていた当時の危機的状況を認識、理解し、労働条件の改定をやむを得ないものとして受け止めていたからに外ならないと主張するが、前記のとおり、被控訴人は、店長会議で、各店長に対し、定時社員に対して労働条件の改定が必要なことについてどのように説明するかについて、何らの指示もしておらず、小林店長自身も、幸二に労働条件の改定が必要であることの理由を何ら説明していないのであるから、新社員契約による労働条件の改定が幸二にとって極めて不利なものであったことにかんがみても、幸二が、会社が置かれていた状況を認識、理解して、その事情を汲んで新社員契約の締結に応じたとは考えにくく、むしろ、店長から、労働条件の改定が必要なことについて何らの説明もなく、本件旧契約の継続の話など皆無であったため、本件旧契約の継続の余地などないと考え、そうであればこそ、労働条件の切り下げについて何ら説明も求めなかったとみることこそ自然というべきである。

(3) 幸二と同じく定時社員である高城冨枝(以下「高城」という。)は、(証拠略)の書面について、契約書にサインしなければ会社を辞めなければならないとの記載はなく、そのように解釈もせず、サインをしなかった旨証言しているが、他方、(証拠略)等の書面を渡される前に、労働組合員から新雇用契約の提案があるかも知れないとの話を聞かされ、右提案は、定時社員の雇用形態が契約期間の定めのないものから、六か月となり、賃金が時給七三〇円の固定となり、また、一時金もなくなる等の不利な内容となるものだから、この雇用形態に応じてはいけないとのアドバイスを受けた(当時、高城は労働組合に加入していなかった。)のでサインをしなかったとも証言しているのであり、また、定時社員の労働条件改定の必要性について、店長から納得のいく説明がなされたとは認め難い前記状況下において、証拠(<証拠略>)によれば、合併前に一六七名在籍していた定時社員(アルバイト八七人、パート八〇人)のうち、労働組合北大阪ユニオン駸々堂(以下「北大阪ユニオン」という。)に属する一二名(前記認定のとおり、労働組合員については、合併後の労働条件について労働組合が交渉していく扱いになっていた。)及び控訴人を除き、一〇九名が新社員契約の締結をし、四五人が慰労金を受け取って退職したことが認められ、右の事実は、大部分の定時社員が、新社員契約の締結に応じる以外に雇用関係を継続させる余地はないと誤信していたことを窺わせるものである。したがって、高城の例の存在が前記認定を左右するものではない。

(4) そもそも、被控訴人は、定時社員の労働条件の改定実施については、各個人から同意を得るという方針を定めたと主張し、前記認定のとおり、書店労組に対しても、店長会議の場で、定時社員に対する店長からの説明を徹底させるとの約束をしていたにもかかわらず、実際には、店長会議において、店長に対し、定時社員に対して労働条件の改定が必要なことについてどのように説明するかについて、何らの指示もせず、小林店長自身も、幸二に労働条件の改定が必要であることの理由を何ら説明していない。

被控訴人において、真実、定時社員が本件旧契約で勤務を継続する余地があることも念頭に置いて、定時社員に新社員契約締結のための説得をする意思があったのであれば、少なくとも店長会議の場で、どのように説得していくか、どのような資料で経営状況を説明するのが適当かなどについて討議されていてしかるべきであるが、右の討議を何らすることなく、定時社員に署名押印を求めているものであり、右の経過をみると、被控訴人自身、定時社員の錯誤を利用して、新社員契約の締結を図ったといっても過言ではないというべきである。

(5) 以上のとおりであるから、幸二の新社員契約締結の意思表示は錯誤により無効であるというべきである。

2  主たる争点3(新社員契約の就業規則違反の有無)について

(一) 被控訴人は、旧規則から新規則への変更には合理性があるとし、幸二と被控訴人間の新社員契約締結が無効であるとしても、幸二に対し、新規則(就業規則)の効力を及ぼし得るかのような主張をするので、この点について判断する。

(二) 被控訴人は、そもそも、定時社員の労働条件の改定実施については、各個人から同意を得るという方針を定めたと主張しているところであるし、証拠(<証拠・人証略>)によれば、新社員契約の締結に応じていない北大阪ユニオン加入の一二名の定時社員及び高城について、いまだ本件旧契約を維持していることが認められるから、本件において、幸二の新社員契約締結の意思表示が錯誤により無効と解される以上、幸二に対して、新規則(労働条件について新社員契約と同様の内容を定める)を適用すべき理由は存在しない。

すなわち、就業規則は、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定という性質から、その規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)が、本件においては、被控訴人自身、画一的決定ではなく、個々の同意を前提とし、労働条件の改定を図るというのであるから、そもそも、就業規則の適用の前提を欠き、幸二については、錯誤無効によって右の同意が得られたと解することはできないので、就業規則である新規則の適用を云々する余地はない。

(三) なお、被控訴人は、新規則の制定について、雇用を確保したまま企業を存続させるため、やむを得ない措置であったとか、新規則の内容は京都駸々堂の定時社員規則が、定時社員との雇用契約について、雇用期間を定め、定時社員の時給額を六六〇円と定めていることを参考にし、また、新社員契約の締結による定時社員の損失を補填する代替的措置として、慰労金の支払も約しているから、旧規則から新規則への変更は就業規則の変更として合理性があるなどと主張するが、右主張の視点のみからみても、以下に説示のとおり、幸二に新規則を適用することはできない。

確かに、前記認定のとおり、被控訴人は、合併前の平成三年二月から平成四年一月までの間に約一億六〇〇〇万円の営業損失を発生させるなどし、同年七月には約二億円の資金不足に陥り、銀行に融資を求め、その際、銀行から経営体質の改善を求められたことが認められ、被控訴人において、経営体質の改善のため、一部経営者が退陣したことは認められるものの、本件においては、人件費の削減について、具体的に、被控訴人が定時社員の労働条件の切り下げ(その切り下げが、幸二のような定時社員にとって極めて不利な内容になっていることは前記認定のとおりである。)でどの程度の経費削減が実現でき、ほかに、どのような経費削減の方策をもって、どの程度の経費削減が実現できるのか、比較検討しながら試算した形跡はなく、本件内容の定時社員の労働条件の切り下げが不可欠なものか、その切り下げに幅を持たせることはできないかなどについても、検討された形跡がない。

すなわち、本件では、合併前の経費関係について概括的な証拠は提出されているものの、合併前に具体的に、どのような経費削減の施策が比較検討され、合併後どのように経営状況が変化したのか、何ら客観的な証拠によって説明されていない。被控訴人の専務取締役上田太一(以下「上田専務」という。)の報告書(<証拠略>)及び保全事件での同人の陳述録取書(<証拠略>)によれば、合併前に、役員報酬のカット、管理職の賞与、手当等のカット、正社員についての労働条件の改定が検討され、合併後に、役員報酬のカット、管理職の賞与、手当等のカットが実現されたことは窺えるが、役員報酬については、被控訴人にはオーナー経営者の問題があったというのであるから、その報酬の削減によって、同程度の経営基盤をもつ同業者の役員報酬に比較し、低額な報酬となったのかどうか定かではないし、管理職の賞与、手当等のカットについても、管理職に対し、その旨が明確に告げられておらず、管理職自身、カットについての実感もない程度の削減でしかない(<証拠略>)。また、正社員についての労働条件の改定は実現されないままであり(<証拠略>)、前記のとおり、新社員契約に応じない労働組合員等について、労働条件の改定がなされていない。

右の経過からすると、定時社員の労働条件の改定が被控訴人にとって、企業を存続させるためやむを得ない措置であったとは、証拠上認め難く、京都駸々堂との合併も、前記認定のとおり、同社を吸収合併したものであるから、被控訴人が、当然のごとくに、京都駸々堂の定時社員の労働条件にならって被控訴人の労働条件を改定しなければならないものではなく、経費削減の必要があったにせよ、前記経過に照らすと、被控訴人の定時社員の労働条件をいかにすべきかは、全体の人件費の観点から、より詳細な検討がなされてしかるべきものであったということができる。また、慰労金の支払が、幸二のようなアルバイトにとって、新社員契約の締結による損失を補填する代替措置として、あまりに不十分なものであることは前記認定の事実からして明らかである。

以上の点からすると、就業規則の変更の合理性という視点からみても、少なくとも、幸二のようなアルバイトにとって、その変更に合理性があるとはいまだ認め難く、幸二に新規則を適用することはできない。

3  主たる争点6(本件解雇の解雇事由の存否)及び同7(解雇権の濫用の有無)について

(一) 以上の次第で、幸二と被控訴人間の新社員契約は無効であり、期間の定めのない本件旧契約が効力を失っていないということができるから、本件通知による意思表示は、本件旧契約における解雇の意思表示(本件解雇)と解すべきところ、控訴人は、幸二には、旧規則に定める解雇事由に該当する事由がない、あるいは本件解雇は解雇権の濫用に当たると主張するので、さらに右の点を検討する。

(二) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、本件解雇に至る事実の経過として、次のとおり加除、訂正するほか、原判決六八頁六行目(53頁4段13行目)から同七三頁七行目(54頁3段7行目)(イないしコ)までに記載のとおりの事実が認められる。

(1) 同六八頁六行目(53頁4段13行目)の「、欠勤して」から同七行目(53頁4段16行目)の「その後、」までを「以降、体調がすぐれず欠勤し、同月一三日診察を受けにいった医療法人岡谷会岡谷病院(以下「岡谷病院」という。)に緊急入院となり、その後、同年一〇月八日、」と、同九行目(53頁4段19行目)の「診断され」から同末行末尾(53頁4段20行目)までを「診断された(<証拠略>)。なお、幸二は、右の欠勤については、同年九月一〇日、被控訴人に連絡をとって承諾を得、緊急入院した日にも、被控訴人に緊急入院が必要となった旨の連絡をした。」とそれぞれ改める。

(2) 同七〇頁四行目(54頁1段13行目)の「健康状態になれば、」を「健康状態になっていれば、」と改める。

(3) 同七一頁二行目(54頁1段27行目)の「酒伊」を「酒井」と改める。

(4) 同七二頁初行(54頁2段11行目)の「<証拠略>」の次に、「<人証略>」を加える。

(5) 同七三頁五行目(54頁3段3行目)の「就労を求めたがが」を「就労を求めたが」と改める。

(三) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人の長期病欠者に対する取扱いとして、以下の事実が認められる。

(1) 被控訴人は、被控訴人の定時社員で組織された駸々堂書店労働者組合との間で、昭和五四年一一月一五日、私傷病補償につき、勤続三か月以上一年未満の者については欠勤期間六〇日、勤続一年以上の者については欠勤期間一二〇日を認め(昭和六一年六月一六日改定)、その補償額は三か月平均賃金の四〇パーセントとし、「病気見舞金」としてこれを支給する旨の、昭和六一年六月一六日、休職期間につき、これを六か月とし、その間の月例賃金(平均賃金)及び一時金を全額補償する旨の各労働協約を締結していたが、前記のとおり、同組合は、平成二年一二月三一日に解散した。

(2) 右の労働協約に定められた私傷病補償及び私傷病を理由とする休職については、被控訴人は、これをすべての定時社員に適用していた。なお、被控訴人は、駸々堂書店労働者組合が消滅した後は、労働協約に定められた右取扱いはしていない旨主張するが、平成三年一月一日以降、定時社員において、私傷病補償等の適用が問題となるような事例はなく、被控訴人が、右取扱いをしなかったという具体的な事例は存在しない(<人証略>)。

なお、平成三年に、女子アルバイトの林が約一か月間病欠しているが、年休や休日の振替などで休んでいたため、私傷病補償が問題となることはなかった。

(3) 被控訴人は、被控訴人の正社員で組織された書店労組との間では、私傷病補償につき、勤続一年未満の者については欠勤期間三か月、勤続一年以上の者については欠勤期間五か月間を認め、休職期間は二年間とし、右休職期間の月例賃金および一時金を全額補償する旨の各労働協約を締結している。

(4) 新社員契約を締結している定時社員にあっても、今までに、健康を害したことで、勤務に耐えられないとして雇用(ママ)止めになった定時社員はない。

(四) 右(二)の認定事実からすると、本件解雇において、幸二には、被控訴人が旧規則(<証拠略>)で定める解雇事由である、無断欠勤、勤務怠慢等の事由はない。しかし、旧規則の定める解雇事由は、その定めから明らかなように懲戒解雇を念頭においたものと解されるから、解雇が旧規則(就業規則)によって限定されると解するのは相当ではなく、旧規則(就業規則)上の解雇事由はなくとも、解雇に客観的に合理的な理由があれば、解雇の効力が認められるものと解される。そこで、本件解雇が解雇権の濫用に当たり、合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないものかどうかが問題となる。

そこで進んで、右の点をみるに、前記(二)に認定の本件解雇に至る事実経過、(三)に認定の労働協約の存在等に加え、アルバイトの幸二が、本件旧契約のもと、被控訴人奈良大丸店で担当していた仕事の種類や内容は、同店に勤務している被控訴人の正社員と差異がなかったこと等を併せ考慮すると、幸二は、三か月程度(平成五年九月九日から平成六年一月四日まで)の病欠をしたものの、職場復帰が可能な程度にまで健康を回復し、その欠勤の間も、適宜、病状について診断書を提出するなどしていたものであるから、これに対する本件解雇が、合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないものであることは明らかといえ、本件解雇は解雇権の濫用に当たるというべきである。

したがって、幸二と被控訴人との間の本件旧契約は本件解雇によってその効力を失うことなく、平成八年四月二二日幸二の死亡によってその契約関係が消滅するまで、本件旧契約が継続したものと認められる。

4  主たる争点10(未払賃金額)について

(一) 給与について

証拠(<証拠略>)によれば、前記(原判決引用の)第二の二(主位的請求)2(一)の事実(幸二の給与の総支給額)が認められ、右事実からすると、幸二の本件旧契約にかかる平成四年九月から同年一一月までの三か月間の平均給与額は月額二一万八九二一円であると認められる。そして、旧規則(<証拠略>)には、時給が三か月ごとに一〇円ずつ昇給する旨の定めがあったから、平成四年一二月一日以降の本件旧契約に基づく給与は、一か月二一万八九二一円を下らないものと認められる(被控訴人は、平成四年一二月一日以降の賃金額について、幸二が現実に就労した時間数に応じて算定すべきである旨主張するが、右以降、幸二の労働時間が減少したのは、被控訴人が新社員契約に基づく就労を求め、本件旧契約に基づく就労を認めなかったことによるものであるから、被控訴人の責めに帰すべき事由による労働時間の減少ということができ、したがって、右の減少分についての賃金請求権を失わない(民法五三六条二項)。)。

また、前記のとおり、幸二と被控訴人との間の本件旧契約は、平成八年四月二二日まで継続したものと認められるから、幸二は、被控訴人が新社員契約の適用を主張する平成四年一二月一日から、平成八年四月二二日まで(四〇か月と二二日)の間、本件旧契約に基づき月額二一万八九二一円の給与の支給を受けることができたものと認められる。

なお、前記のとおり、幸二は平成五年九月九日以降欠勤し、平成六年一月五日就労が可能となったものであり、そうすると、少なくとも、右の平成五年九月九日から平成六年一月四日までの間は、本件旧契約が継続しているとしても欠勤していたものと解さざるを得ないが、前記3(三)の(1)ないし(3)の認定事実に前認定の幸二の勤務期間を併せ考慮すると、被控訴人と駸々堂書店労働者組合との間で締結されていた労働協約の定める私傷病補償が、本件旧契約の内容となっていたと解され、また、前記のとおり、駸々堂書店労働者組合の消滅後、定時社員の私傷病補償について被控訴人に具体的な動きがあったことを認め得ないことからすると、労働契約における当事者の合理的意思解釈として、新たな合意が成立するまで、右私傷病補償の定めが通用していたと解すべきであるところ、右の私傷病補償の定めでは、勤続一年以上の幸二の場合、一二〇日の欠勤期間が認められるから、幸二の欠勤した期間である一一八日は、右の私傷病補償で認められた欠勤期間の範囲内であり、また、右の私傷病補償の定めによって、三か月平均賃金の四〇パーセントが病気見舞金として支給されることになる。そして、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、残りの六割については、健康保険から保険給付があったことが認められるところ、右の保険給付を併せると、給与額の全額が補償されることになるが、新社員契約には健康保険はない。しかし、右は、本件旧契約にはあった健康保険が、新社員契約での労働条件の切り下げの一環として、これが認められなくなったことに起因するから、幸二に支給されるべき賃金額を考える場合、健康保険がないことをもって幸二に不利に解するのは相当ではない。したがって、右欠勤期間については、健康保険が存在し、健康保険からの保険給付がある場合と同様に賃金額の全額が補償されるべきである。

以上によれば、幸二に支給されるべき給与額を算定すると、総額が八九一万七三八二円となる。

〔二一万八九二一円×四〇(か月)+二一万八九二一円÷三〇(日)×二二(日)=八九一万七三八二円〕

そして、旧規則によれば、給与は、前月一六日より当月一五日に至る一か月を計算期間とし、毎月二五日に支払われることになっていることが認められ、そうすると、平成四年一二月一日から平成八年三月一五日までの給与八六四万七三七九円については、同年三月二五日までにその支払期が到来することになり、同年三月一六日から同年四月一五日までの一か月分の給与二一万八九二一円については同年四月二五日に、同年四月一六日から同月二二日までの七日分の給与五万一〇八二円については同年五月二五日にそれぞれ支払期が到来することになる。

なお、被控訴人が、前記(原判決引用の)第二の一7のとおり平成四年一二月分(ただし同月一日からの分)から平成五年九月分(同月八日までの分)までの給与九七万四一八六円を支払っていることは当事者間に争いがなく、右は新社員契約に基づく支払であるが、幸二が本件旧契約に基づく給与とともに二重に取得できる根拠は存在しないから、右の新社員契約に基づく給与は本件旧契約に基づく給与の一部弁済とみなして、本件旧契約に基づく右期間に対応する給与から控除すべきである。

(二) 一時金(賞与)について

本件旧契約が存続していたならば、幸二への一時金の支給額が、平成八年夏期のそれを除き、計数上、前記(原判決を訂正の上引用した)第二の二(主位的請求)2(四)(本判決一二、一三頁)<本号101頁1段24行目―>のとおりの算定となることは当事者間に争いがない。

そして、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、平成四年一一月一五日までの支給対象計算期間にかかる賞与については、被控訴人の定時社員が加入している北大阪ユニオンが被控訴人と交渉して妥結した基準をもって、労働組合に未加入のアルバイトの定時社員に対してもその支給がなされ、アルバイトの幸二も、右基準で賞与の支給を受けていたこと、同月一六日以降を支給対象計算期間とする賞与については、被控訴人は、右争いのない幸二に対する賞与額を算定するに当たり、高城(新社員契約に応じず、本件旧契約に基づき雇用契約を維持している)に関して関単労が被控訴人と交渉して妥結した内容と同一基準をもって、これを算定していることが認められる。

ところで、前記のとおり、幸二は平成五年九月九日から平成六年一月四日まで欠勤したものと解されるが、被控訴人と駸々堂書店労働者組合との間で締結されていた労働協約に基づく私傷病補償の定めにおいても、欠勤期間における一時金の補償の定めはなく(<証拠略>)、従前、定時社員に対し、私傷病による欠勤期間に一時金の支給がされていたことを窺わせる証拠もないから、控訴人(幸二)に、右の欠勤期間における一時金相当額の支払請求権を認めることはできない。

そうすると、平成五年夏期から平成七年冬期までの一時金(賞与)に関しては、前記争いのない平成五年夏期から平成七年冬期までの一時金相当額合計二六六万七七九八円から右(平成五年九月九日から平成六年一月四日まで)の欠勤期間の一時金相当額(平成五年冬期分のうち一六万〇五五七円、平成六年夏期分の一二万〇二六四円)を控除した二三八万六九七七円について、控訴人(幸二)は支払請求権を有するものである。

〔欠勤期間の一時金相当額についての計算式〕

・平成五年冬期分(<証拠略>)

四三万四四四八円÷一八四(日)×六八(日)=一六万〇五五七円

・平成六年夏期分(<証拠略>)

四三万五三五五円÷一八一(日)×五〇(日)=一二万〇二六四円

なお、控訴人は、平成八年夏期の一時金も請求しているが、賞与の支給対象計算期間の最終日に幸二は既に死亡しているところ、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、かなり以前から、支給対象計算期間の最終日に在籍していることを要件として賞与の支給をする扱いをしており、右支給要件は労働組合との協定において明示されたこともあって、被控訴人の慣行として定着していることが認められるから、右一時金については、幸二に受給資格はなく、控訴人はこれを請求することはできないというべきである。

以上よりすれば、控訴人は被控訴人に対し、一時金相当額として二三八万六九七七円の支払請求権を有するものである。証拠(<証拠略>)によると、平成五年夏期から平成七年冬期までの一時金二三八万六九七七円については、平成七年一二月一四日までにその支払期が到来していることが認められる。

三  以上によれば、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、主位的請求のうち、平成四年一二月一日から平成八年四月二二日(幸二の死亡日)までの未払給与合計金七九四万三一九六円(本件旧契約に基づき取得し得べき八九一万七三八二円から新社員契約に基づき幸二が取得した九七万四一八六円を控除した金額)及び内金七六七万三一九三円(右の新社員契約に基づき取得した金額を控除した後の、平成四年一二月分から平成八年三月分までの給与)に対するその支払期の後である平成八年四月二三日から、内金二一万八九二一円(平成八年四月分の給与)に対する支払期の翌日である同年四月二六日から、内金五万一〇八二円(同年五月分の幸二の死亡日までの給与)に対する支払期の翌日である同年五月二六日からそれぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、平成五年夏期から平成七年冬期までの一時金相当額の合計金二三八万六九七七円及びこれに対する支払期の後である平成八年四月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の主位的請求を失当としてこれを棄却すべきであるから、右と一部結論を異にする原判決を主文第二、第三項のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井昇 裁判官 岡原剛 裁判官 野中百合子)

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